貞観園(ていかんえん)~じょんのび高柳を「歩く」~

”貞観園(ていかんえん)”は、寛文13年~改元延宝元年(1673年)村山氏が隣郡松之山郷(現在の十日町市(旧 松之山町)から当地に移住して以降、代々の当主により築造された庭園で、昭和12年国の名勝に指定されています。
江戸時代中期の京都風の名園は、詩・俳・禅の好み豊かな回遊式庭園で、特に「主石賓木」の法に則った青苔の趣は素晴らしい。

貞観堂の前に池があり、中央に橋、東西に「苔香泉」「四時庵」「抱月楼」「環翠軒」などの建物を配置してある。堂と園とを併せた八景十勝が楽しめる。佐渡の赤石に地方的特色がでている。面積は約10万㎡。

幕府の庭師であった九段仁右衛門、藤井友之進らの作で、茶人松村宗悦、裏千家玄々斎、又妙斎も関わったといわれている。

園名”貞観”の二字は、天保14年、越後の儒者、藍沢南城により命名されたもので、その出典は中国の詩人「遺情捨塵物、貞観丘堅美」の一句に拠られたということです。

薬師如来像立像

像高182㎝、頭から蓮台までが一本のヒノキ材で彫られている。肌は肌色に、衣は彩色された跡があり、頭には墨書きの跡がある。薬壺を持っていたと思われるが、欠損している。

衣の彫りは浅く、ひだの線はなだらかで、奈良時代の銅造仏の影響を残しながら、やや低い肉髻(頭の突起した部分)、丸い顔、切れ長の眉や目、引き締まった体つき、長く風になびく様子を写した両袖、一本彫成の手法などに平安時代前期の特色をみる。この像は、明治20年(1887年)ころ奈良から村山家に移されたといわれている。国指定文化財。

絹本墨画雪梅図

水墨画である。梅の古木の枝に咲いた花に、淡雪が薄っすらと積もっている。墨の濃淡を巧みに使い、柔らかな筆遣いで絹地に描かれている。

作者は中国元代(1271~1368年)の有名な画家、呉太素である。画論「松斎梅譜」の著者としても知られている。

鎌倉時代に日本にもたらされた数少ない呉太素の作品のひとつとして、絵画史上の貴重な資料である。国指定文化財。

紙本墨寂室元光墨蹟

寂室元光(1290~1367年)は、鎌倉末期~南北朝時代の臨済宗の僧である。文才が豊かで書も巧みであった。秀麗で穏やかな書風は、一山一寧の影響を受けていると思われる。岡山県生まれ。

30歳で元へ行き、禅道諸学を学び2年後帰国。近江に永源寺を開いた。

この書は、彼が祥上人のために「瑞岩」の号を与えたときの詩である。書風を代表する逸品のひとつ。国指定文化財。

紙本墨書一山一寧墨蹟

この書は、正安3年(1301年)東福寺の禅師が没し、その遺書が届いた時に一山一寧(1247~1317年)が書いたものである。

彼は南宗の優れた禅僧で、正安元年(1299年)元の国書を携えて来日。禅道、儒学、詩文の発達に貢献した。博学で朱子学の造詣も深く、書も優れていた。晩年の草体は、軽くて淡々とした味わいをもつ。

この書は、彼の筆跡のなかでも優れたもののひとつである。国指定文化財。

お問い合わせ

財団法人 貞観園保存会
〒945-1502 新潟県柏崎市高柳町岡野町593
TEL:0257-41-2100

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